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聖霊降臨節第10主日礼拝 説教要約
日本基督教団 茅ケ崎堤伝道所
2024年7月21日
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聖書 マタイによる福音書 18章21~35節
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21 そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。
「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。
七回までですか。」
22 イエスは言われた。
「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。
23 そこで、天の国は次のようにたとえられる。
ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。
24 決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて
来られた。
25 しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、
また持ち物も全部売って返済するように命じた。
26 家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』
としきりに願った。
27 その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。
28 ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている
仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。
29 仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。
30 しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、
借金を返すまでと牢に入れた。
31 仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、
主君の前に出て事件を残らず告げた。
32 そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。
『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。
33 わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんで
やるべきではなかったか。』
34 そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に
引き渡した。
35 あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、
わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」
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説教「どんな時も一緒に」 要約
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① 神様のおられる「天の国」には赦しに限界がない
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ペトロはイエス様に「何回赦すべきでしょうか。七回までですか」(21節)と質問します。しかしイエス様は、人間が考え得る数をはるかに超えて「七回どころか七の七十倍までも赦しなさい」(22節)と教えます。つまり、天の国には赦しに限界がないということです。そのことを、たとえを用いて説明されます。そのたとえはこうです。王から一万タラントンの借金をしていた家来がいました。一万タラントンは、一日分の借金の6000万倍にあたります。休まず働いたとして、16万年分以上のお金です。一人の生涯の長さを超える、計り知れない金額の借金だということが分かります。王は家来に、自分も家族も持ち物もすべて売り払って返済するよう命じます。家来がひれ伏して赦しを願い求めると、王は憐れに思い、その借金を帳消しにしてやりました(27節)。「憐れに思う」と訳されているギリシャ語の言葉は、はらわたが動かされる程の共感を表します。借金を帳消しにした王は、憐れみ深い神様を表しています。
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② 仲間を赦せなかった「心の狭い家来」の話
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憐み深い王に借金を帳消しにしてもらった家来は、自分に100デナリオン(100日分の借金に相当)を借金している仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、貸していた少しの「借金を返せ」と迫ります。仲間はひれ伏して、「どうか待ってくれ。返すから」としきりに頼みますが、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れてしまいました(30節)。これを知った王は「お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか」(32~33節)と言って、この家来を牢屋に入れてしまったのです。自分では返済しきれないほどの借金を帳消しにしてもらったのに、そのことは、棚に上げて、仲間を赦せなかった、心の狭いこの家来は、私たち人間の姿を表しています。振り返って私たちは、イエス様の十字架によって、すべての罪を、ことごとく赦してくださった憐み深い神様の大きな愛をいつも思い起こし、他の人の罪や弱さを赦す心を与えられたいと思います。
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③ どんな時も一緒に |
借金を全部帳消しにしてくれた王は、神様のことです。神様は、その人が悪いことをしていても、その人に重荷を負わせるのをやめて、その人を受け入れ、一緒にいてくださるお方です。「こんなことをしてしまった私は、受け入れてもらえないんじゃないか」と思っても、神様はすべてを受け入れて「あなたは大切だよ」って言ってくださいます。この神様の大きな愛を思うと、心が温かい気持ちになり嬉しくなります。なのに私たちは神様の愛を忘れてしまいます。仲間を赦さなかった家来のように、人を赦せないのです。いやな事をされても、ちゃんと向き合って、何がいやだったかを伝えて、「ごめんね」「いいよ」と言い合えたらいいですね!いやな思いをした時、イエス様がずっと一緒にいる事を思い出して下さい。イエス様は自分の身を投げ出して私たちを大切にしてくれるお友だちです。私たちとお友だちでいてくださるイエス様は、私たちといつも一緒です。どんな時も、神様は私たちを受け入れてくださいます。イエス様は、どんな時も私たちと一緒にいるお友だちです。だから私たちも、お友だちと喧嘩しても仲直りして一緒にいられたらいいですね‼
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