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降誕節第2主日礼拝 説教「神様を信じてお祈りしよう」
日本基督教団 茅ケ崎堤伝道所
2024年1月7日
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聖書 ヤコブの手紙 第1章5~8節
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「神様を信じてお祈りしよう」 要約
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① 祈る時の心構え |
私たちの信じている神様は、私たちの祈りを聞いてくださるお方です。今朝の聖書『ヤコブの手紙』の著者であるヤコブは、試練の中にいるクリスチャンたちを励ますために、この手紙を書いたのです(2~4節)。ヤコブは5節で、知恵を求めて祈ることを勧めています。誘惑や試練や苦難を乗り越えるためには、知恵が必要だからです。「知恵」といっても、偏差値で計る「知恵」ではありません。「知恵」とは、「心構え」のことです。ヤコブは、祈る時に大切な「知恵」(心構え)を二つ教えています。一つ目は、「疑わないで祈ること」(6節)です。疑うということは神様を信頼していないということです。信頼していない人の祈りを、神様は聞き入れてくださるでしょうか。「そういう人は主から何かいただけると思ってはなりません」(7節)。真っ直ぐに神様を信頼して祈ることが大切です。二つ目に大切なのは「心が定まっていること」(8節)です。「心が定まらず」という部分は「二心の者」(口語訳)とも訳されます。あれにもこれにも頼る人のことです。 |
② 「皆で祈る場合」と「一人で祈る場合」の違い |
神様を信じている人にもそうでない人にも苦労は訪れます。神様を信じていれば困ることは何もない、というわけにはいきません。しかし、神様を信じていることで、その苦難を乗り越えやすくなるということがあります。お祈りには、「皆で祈る場合」(マタイ18:20参照)と「一人で祈る場合」(同6:6参照)があります。一人で祈る場合は、皆で祈る場合とは違って、他の人は聞いていませんから、少しぐらいずうずうしいお願いでもかまいません。お利口なお祈りでなくても大丈夫です。ご安心ください。ただし、「信仰をもって願いなさい」(6節)と言われていますから、不信仰な祈りや過度に自己中心的な祈りや他者を傷つけるための祈りになっていないかどうかを確かめる必要はあろうかと思います。苦難の中でお祈りをする時、大切なことは、「必ず神様が良い方向へと導いて下さる」と信じることです。疑いながら祈るのは、神様に失礼です。私たちの信じている神様は、全知全能なるお方です。「神にできないことは何一つない」(ルカ1:37)のです。 |
③ 神様を信じてお祈りしよう |
神様以外の何かに頼る必要はありません。神様に頼りつつ、他の何か(偶像や迷信や占い)にも頼ることはないのです。「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」(十戒の第一戒、出エジプト記20:3)と神様はおっしゃっています。私たちの信じている神様は、全知全能のお方ですから、「本当に大丈夫だろうか」と心配して、他の何かにも頼る必要はないのです。神様は、私たちを愛して下さっていますから、私たちが苦しい時、困っている時には、助けて下さいます。神様は全部を知っているから、皆が苦しんでいるのも知っています。「それなら、わざわざお祈りを聞かなくても助けてくれたらいいのに」と思うかもしれません。それでも、苦しい時には神様を頼ってお祈りしなさいと聖書は教えています。苦しい時に、誰に頼ればいいのか、誰に祈ればいいのかを知っていることは、本当に幸せなことです。ヤコブの時代のクリスチャンの受けた苦しみと、現代のクリスチャンが受ける苦しみは違うと思いますが、苦しい時の祈りが大きな力になることは、共通していると言えるでしょう。皆さんのこれからの人生の中に、いつ、なんどき、苦しいことが訪れるかもしれません。その時には、神様を信じてお祈りしましょうね。
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