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宗教改革記念日礼拝 説教「ルターの宗教改革」
日本キリスト教団茅ケ崎堤伝道所
2021年10月31日
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ローマの信徒への手紙 第3章27節~28節
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「ルターの宗教改革」 要約
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① 二つの「R」 |
世界史を学んで、中世と近世とを分ける境目に二つの「R」があります。それは、ルネサンス(Renaissance)と宗教改革(Reformation)です。ルネサンスは古期フランス語で「再び生まれる」という意味ですがご存知のようにギリシャに帰れ、ローマに帰れという標語を掲げた、古代の文化を模範とし人間性を肯定することを主張した運動で、文芸復興・学術復興を求めました。この運動を通しヨーロッパに文化が開花したのです。宗教改革という訳語を見ると、何か「革命」でも行われたようですが、英語のReformationというのは、むしろ再建という意味で、これは「教会再建」と訳した方が適当な言葉です。勿論この運動を政治史や社会史の立場から見ればローマカトリック教会の権力や支配に対して、人民や諸侯たちが反抗した一種の改革と見られないことはありませんが、Reformは、崩れたものやデフォルメされたものを原型に復帰しようとすることです。1517年10月31日、ルターは「城教会」の扉に「95か条の提題」を張り出しました。 |
② マルチン・ルター(ルッテルともルーテルとも呼ばれている) |
当時、ヴィッテンベルク神学校の教授であり、修道士であったルターですが、かつて22歳のとき旅の途中で落雷にあい、恐怖のあまり地にひれ伏し「聖アンナよ、もし助けていただけるのなら一生修道士として過します」と誓いました。落雷を逃れた彼は誓い通り、アウグスチヌス派の修道院に入り、生涯を修道士として過ごすべく修行に励みます。が、それを完全に行うことができない自分に直面します。どんなに努力し励んでも、神の前には罪人でしかない自分の姿を知るのです。当時のカトリック教会では義なる神は罪人を裁き、地獄へと落とされると教える一方で、罪を赦すものとして「贖宥状(免罪符)」を発行し、それを買うことによって罪の裁きから逃れると教えました。免罪符は洗礼以上に罪を清める力があり、それを買うために献金箱にコインを入れると、その音がチャリンと鳴ると同時に死者の魂は煉獄から飛び上がると教えました。が、実際はローマのサン・ピエトロ大聖堂の改修のための資金作りに行われていたものだったのです。 |
③ ルターの宗教改革 |
ルターはそうした教会と信仰のあり方に対して、ただイエス・キリストへの信仰によってのみ正しいものとされると説き続けました。この「信仰のみ」が宗教改革の原理とされているものです。「教会の真の宝は、神の栄光と恵みとの最も聖なる福音である」(第62条)。この恵みとしての福音をルターは聖書の証言から確信するようになります。「聖書のみ」、これが信仰の土台であり、権威であり、宗教改革のもう一つの原理とされているものです。ルターはその聖書を教会の手から、聖職者たちの手から、そして神学者たちの手から、すべての人々の手へと取り戻そうとしました。その当時の聖書はラテン語で書かれた「ヴルガタ」と呼ばれるもので、ラテン語を知らない一般の人々は読むことも、理解することもできないものでした。ルターはこのラテン語の聖書を一般の人々が理解できるドイツ語に訳します。それによって多くの人々が自分で聖書を読み、自分で信仰について考え、自分で信仰生活を築いていくことができるようになり、「聖書のみ」という宗教改革の原理が人々の間で実現します。更にグーテンベルクの印刷機発明によって、聖書が印刷されて、遂には、ルターの宗教改革は今もイエスはキリストであると告げているのです。
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