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降誕前第7主日礼拝 説教 「弟子の条件」
日本キリスト教団茅ケ崎堤伝道所
2019年11月10日
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創世記22章1~14節 ルカによる福音書14章25~33節
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「弟子の条件」 要約
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① 大勢の群衆がイエスについて来た |
イエスの周りには三種類の人がいました。一つは、イエスに反対する人、もう一つは、イエスの周りでワイワイ言っている群衆、三つ目は、弟子たちで、最後までイエスに従った人たちです。群衆は、ある所まではイエスに従いましたが、苦しくなると従うのをやめました。その人たちも、時には寝食を忘れて主イエスに従っていったのですが、自分に大事なことがあると、サッサと、イエスを捨てて帰って行ったのです。私たちの信仰にもそういう傾向が多いと思います。普段は熱心にイエスを愛し、神の愛を感謝しています。しかし、自分の大事な事に出会うとパッと身をかわして、自分の好きな事をしてしまう。そういう人を許さないと神は言われないけれども、その人は、イエスの弟子になる事も、イエスの命を頂く事もできません。いつまでたっても、ワイワイ騒いでいる群衆のままです。主イエスは、私たちがその群衆になる事を望んではいません。自分の十字架を負って、主イエスの命により、新しく生き返ってほしい、そう願っておられます。 |
② 極限状況の中 |
1940年、日独伊三国同盟が結ばれ、ドイツの躍進に日本人までが熱狂していた太平洋戦争前夜頃の事です。ヒットラーの勢いは益々輝き、前途洋々たるものでした。十分に腰を据えて計算する人でも、精々ここでは黙っていようと決心するのがやっとでした。教会の中でも脱落者が出ました。ダーレムの教会は、その危機にあって、この主の言葉を深い思いで聞き、ナチが台頭した最初から抵抗して勇敢に戦い、ヒットラー政権の圧迫に最後まで屈服しなかった教会の一つです。もと潜水艦艦長で後に献身、ダーレム教会主任牧師となったマルチン・ニーメラーはナチ政権樹立後これと戦い、ヒットラーと正面切って激論を戦わしました。やがて捕えられ、裁判にかかり、裁判が公正な判断を下した後、非合法に捕えられ強制収容所に入れられたのは1937年の事です。彼は敗戦までの8年間、獄中生活をします。1940年1月13日、極限状況の中、ダーレム教会は若い牧師が、誕生日を迎える獄中のニーメラー主任牧師を覚えて説教したのがこのテキストです。 |
③ 弟子の条件 |
その説教の中で彼曰く「我々が今、その人の事を思いつつ集まっている我々の牧師も、我々と同じ罪人であり、神の前にあっては死せる者であったからこそ、神から命へと召し出され、キリストの傍らにあって、キリストに仕える者となった。しかも、そのように命に生きる事は、命を引き渡す事が結びついている」と。今私たちに問われているのは主イエスが御心を込めて語っている譬え話を真剣に受け止め、あるいは、父も母も捨てる思いに生きる事です。それはどういう心でしょうか。全き信頼に生きる心です。私たちが父や母、家族たちの絆を大事にし、それによって自分が生かされるように思ったのは神を完全に信頼する事をせず、絆を当てにしたからではないでしょうか。神を半ば信じると共に財産をも当てにしている事は、愚かな計算ではないでしょうか。ニーメラー牧師も、自由に家族を、否、自分自身を神に差し出しました。これこそが「弟子の条件」です。弟子になった私たちは、独りではありません。主が先立っていて下さいます。私は、あとから従えばよいのです。私たちは十字架を負わされていますが、負わねばならないのは、ただ自分の十字架だけです。主の恵み、主の愛に全く信頼して共に生きてまいりましょう!
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