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降誕節第3主日礼拝 説教要約
日本基督教団 茅ケ崎堤伝道所
2025年1月12日
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聖書 使徒言行録 第3章18~21節
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18 しかし、神はすべての預言者の口を通して予告しておられたメシアの苦しみを、このようにして
実現なさったのです。
19 だから、自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。
20 こうして、主のもとから慰めの時が訪れ、主はあなたがたのために前もって決めておられた、
メシアであるイエスを遣わしてくださるのです。
21 このイエスは、神が聖なる預言者たちの口を通して昔から語られた、万物が新しくなるその時まで、
必ず天にとどまることになっています。
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説教 「 イエス様に祈られて 」 要約
三原 信惠 牧師 |
① ペトロの説教
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先週に続き、ペトロの説教です。2章と同様、イエス様の出来事を語り、人々に悔い改めるように促していますが、2章と少し違うところがあります。悔い改めによって神様からいただく賜物について、2章は「聖霊」(38節)というのに対し、3章では「慰めの時」(20節)とあります。イエス様が再び目に見える姿で私たちのところへ来て下さる再臨を意識しています。2章の説教は聖霊降臨の出来事を受けて語られ3章の説教は生まれつき足の不自由な人の癒やし(1~10節)を受けて語られたことに関係しているのでしょう。イザヤ書35章6節では、神が来られる救いの時について「そのとき 歩けなかった人が鹿のように踊り上がる」と告げています。3章で起こった出来事は、まさにこの預言の成就です。神様が天地を創造して下さり、この世界に始まりがあるように、この世界には終わりもあると信じることは、自分の目の前に見える世界が全てだととらえるのではなくて、神様の大きな御業の中で、広い視野でもって、この世界と自分自身を見つめることへと私たちを導きます。
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② 世の終わりは私達の救いの為に苦しみを受けて下さったイエス様と再会する時
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神様に立ち帰る人々にとって世の終わりは、滅びの時ではなく、私たちの救いのために苦しみを受けて下さったイエス様と再会する「慰めの時」です。その時を待ち望む信仰は、どんな苦しみの中にあっても、前を向いて歩み続けるように神様が力を下さいます。イエス様が「万物が新しくなるその時」(21節)まで、神様のもとで、いつも私たちのために祈っておられます。力が与えられた弟子のペトロとヨハネはエルサレムにあった神殿に入ろうとすると、神殿の美しい門の所に、生まれつき足が不自由な男の人が座っており、彼は、何かもらえないかと二人に声をかけました。二人はその人に「私たちを見なさい、イエス・キリストの名によって立ち上がり歩きなさい」と言うと、男の人は立ち上がって歩き出しました。周りの人は、それを見てビックリ仰天!ペトロは「足の不自由なこの人は、イエス様が神様の子であると信じた事によって立ち上がることが出来たのです」と伝えました。このように、イエス様によって、多くの心の寂しい人や病気の人が元気になりました。
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③ イエス様に祈られて
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イエス様は、まだ、私達の所に帰って来てはいません。イエス様は今、どこにいるのかなーって考えた事、ありますか?こう話したら「何でイエス様はそんな遠くに行っちゃったの?寂しいじゃん!」って、私に質問して来た子がいました。確かに、ここにイエス様がいたら嬉しいです。でも、もしそうだとすると他の人達はイエス様に会う為に、この教会に来なくてはなりません。イエス様に会いたい人は、この地球上に沢山いるでしょうから、一言お話しするのも、とっても難しいかも。近くにいるのにお話できなかったら、遠くにいる時より、もっと寂しくなってしまいそうです。イエス様が天に昇られた時、神様の御使いは弟子達に、こう言いました。「時が来たら、イエス様はもう一度帰って来られます」って!
ペトロは、み使いの言葉を信じました。そして楽しみに待ったのです。神様の所に帰ったイエス様も、イエス様を待っている人達の為に祈って支えて下さいました。今もイエス様は、信じる人達の為に天で祈って下さっています。そしてイエス様の事を伝える大切な務めを私達に与えて下さっています。ペトロは説教して、神様に心を開いてね!イエス様が来て下さるよ!と呼びかけ、イエス様が帰って来る日を待ちました。私達も、イエス様が帰ってくる日を楽しみに待ちつつ、神様のご用をしましょう!イエス様は、いつも私達の為に祈って下さっています。 |
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