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アドベント第3主日礼拝 説教要約
日本基督教団 茅ケ崎堤伝道所
2024年12月15日
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聖書 マタイによる福音書 第11章2~19節
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2 ヨハネは牢の中で、キリストのなさったことを聞いた。そこで、自分の弟子たちを送って、
3 尋ねさせた。「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」
4 イエスはお答えになった。「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。
5 目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、
耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。
6 わたしにつまずかない人は幸いである。」
7 ヨハネの弟子たちが帰ると、イエスは群衆にヨハネについて話し始められた。
「あなたがたは、何を見に荒れ野へ行ったのか。風にそよぐ葦か。
8 では、何を見に行ったのか。しなやかな服を着た人か。しなやかな服を着た人なら王宮にいる。
9 では、何を見に行ったのか。預言者か。そうだ。言っておく。預言者以上の者である。
10『見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの前に道を準備させよう』と書いてあるのは、
この人のことだ。
11 はっきり言っておく。およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった。
しかし、天の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。
12 彼が活動し始めたときから今に至るまで、天の国は力ずくで襲われており、激しく襲う者がそれを奪い
取ろうとしている。
13 すべての預言者と律法が預言したのは、ヨハネの時までである。
14 あなたがたが認めようとすれば分かることだが、実は、彼は現れるはずのエリヤである。
15 耳のある者は聞きなさい。
16 今の時代を何にたとえたらよいか。広場に座って、ほかの者にこう呼びかけている子供たちに似ている。
17『笛を吹いたのに、踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、悲しんでくれなかった。』
18 ヨハネが来て、食べも飲みもしないでいると、『あれは悪霊に取りつかれている』と言い、
19 人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。
しかし、知恵の正しさは、その働きによって証明される。」
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説教 「わからなくなっても」 要約
三原 信惠 牧師 |
① 洗礼者ヨハネとイエス様とのかかわり
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今朝の礼拝では、洗礼者ヨハネの事を覚えるのが古くからの習慣です。イエス様より先に洗礼者ヨハネが人々に神様の事を教えた事は四福音書すべてに記されています。それ程の重要人物だった洗礼者ヨハネとはどんな人?。マタイ福音書では、彼は「悔い改めよ。天の国は近づいた」と呼びかけました。世の中が激しく揺れ動いていたこの時代、どう生きていったらよいかと不安と恐れを抱えていた人々には、「悔い改めよ」との呼びかけが心に刺さった事でしょう。大勢の人々が生き方を変える悔い改めの印の洗礼を受けるようになりました。「もしかしたら、やがて世に現れるという救い主はこのヨハネでないか」と思った人も多かったようですが、ヨハネはきっぱりと「自分以上のその方は後から来る、自分は救い主ではない」と言いました。やがてイエス様がヨハネの所に来た時、この方こそ、自分より優れた、後から来られる方だとヨハネは悟りましたが、イエス様の言う通りに洗礼を授けました。その後、イエス様はヨハネのもとを離れ、ご自分の働きを進めていきます。
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② 最初に、教会に連れてきてくれて、ありがとう
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元気のないやっちゃんを見て、ようちゃんが教会に誘ってくれました。「一緒に教会に行こう。神様の話を聞いて、お祈りしたら、イエス様が助けてくれるよ」。教会に行ってみましたが、聖書の話はさっぱり分からず、お祈りもどうやったらいいか分かりません。でもようちゃんが色々教えてくれて、聖書を開いたり、主の祈りを覚えたり、讃美歌を歌ったりしているうち、段々、教会が好きになり、毎週教会に行くのが楽しみになりました。何年も経ちました。大きくなったやっちゃんは、ずっと教会に通っています。ところが、ようちゃんは段々来なくなってしまいました。学校で部活に入ったり、新しい友達と遊びに行ったり、塾に通ったり、日曜日も忙しいからと教会に顔を出しません。ある時、やっちゃんが教会に行こうと誘うと、ようちゃんが言いました。「神様のお話って、本当の事?イエス様って、本当に助けてくれるのかな?」やっちゃんは何だか悲しくなりました。それでも、やっちゃんは思いました。「ようちゃんが最初に教会に連れてきてくれて、ありがとう」。
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③ わからなくなっても
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洗礼者ヨハネは、イエス様より先に現れ、神様のことをみんなに教え、みんながイエス様を迎える準備をしてくれた人なのです。ところが後になって、イエス様に「あなたは本当に待っていた方なのですか」と尋ねました。イエス様が、本当に、神様が遣わした凄い方なのかどうか、分からなくなってしまったのです。彼は大事な役割を果たしました。でも、彼自身が救い主であったわけではありません。更に、イエス様を信じて生涯を貫いたわけでもなかったようです。それでも、ヨハネの働きは、イエス様によって讃えられ、聖書に書き残され、教会は洗礼者ヨハネの事をずっと大事に覚えています。なぜでしょう? ヨハネの働きによって、人々はイエス様を優れた方と知り、受け入れるようになりました。ヨハネ自身はイエス様を信じきることができなくなってしまいましたが、それでもイエス様はヨハネを讃えてくださいました。たとえ中途半端であっても、途中で挫折したとしても、今できる良い働きをイエス様は、よしとしてくださるのです。皆さんにイエス様のことを教えてくれたのはだれでしたか。みなさんも、きっと誰かにイエス様のことを伝えることができるのです。たとえ途中でわからなくなったとしても、イエス様はかばってくれるでしょう。イエス様と共に、そして多くの人たちとともに、うれしくあたたかなクリスマスを迎えられますように。
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