2024年度 主日礼拝 説教抄録  
    
印刷用PDF

               アドベント第2主日礼拝
  説教要約

                    日本基督教団 茅ケ崎堤伝道所
                    
2024年12月8日


             聖書  マラキ書 第3章20節

20  しかし、わが名を畏れ敬うあなたたちには義の太陽が昇る。

   その翼にはいやす力がある。

   あなたたちは牛舎の子牛のように躍り出て跳び回る。





            説教 「クリスマスによせて」 要約      

                          三原 信惠 牧師
① 12月25日、言うまでもなくそれはクリスマス
 全人類が、殊に私達クリスチャンが喜んで迎えるクリスマスはどうして12月25日に守られるようになったのでしょうか。実は、紀元3世紀まではクリスマスは守られなかったのです。何故でしょう。それは、原始教会はイエス・キリストの死と復活に、一番重きを置いていたからです。彼ら は、次のように考えていました。「凡ての主の日、言いかえますと日曜日というものはキリストの復活されたことを祝う日であり、従って復活節(イースター)こそ、ただ一つの教会の祝祭日である」と考えていたのです。けれども、もしキリストがこの世に来られていなかったとすれば、勿論キリストの死も復活も起こるわけがありません。新約聖書のマタイ、ルカ、ヨハネ福音書には、イエスの誕生について超自然的な背景と事件とが、荘重に記されているではありませんか。この事からすれば、原始教会はイエスの誕生を全く無視していたわけでもないでしょう。12月25日がクリスマスとして祝われるためにはキリスト教徒達は様々の異教・異端と戦わなければなりませんでした。
② ローマ皇帝は1月6日を「顕現節」として守るように(42節)
 2世紀のエジプト。アレキサンドリアにバシリデスという人がいて彼の弟子達は「イエスは一介の人間にすぎなかったけれど、バプテスマを受けた時、神の霊が下って、はじめて神の養子とされた。だから1月6日を顕現節として守るように」。対し教会は「いや、違う。イエスは生まれた時から同時に神であられた。だから誕生日こそ祝うべきだ」と反対。やがて325年のニカヤ会議で「主は私たち人類の為、私たちの救いの為に降り、肉体を受けて人となった」と告白され、ここにイエスの誕生が神御自身の受肉である事に軍配があげられ、それを否定する凡ての教えが異端として退けられ、顕現節とは別に降誕節(クリスマス)の日が要求されて来た。ローマではローマ皇帝は凡ての者に太陽神を拝むよう命令し、宮を建て12月25日に祝祭競技する習わし。これに対し教会は今朝の書をキリストを預言したものと見るようになりミラノの監督アンブロシゥスは「キリストこそ私達の新しい太陽だ」と。更にアウグスティヌス「太陽でなく太陽を創造した方」と説教したのです。
③ クリスマスによせて
 やがて日曜日はコンスタンティヌス皇帝によって公休日と定められます。「日曜日」英語でSunday直訳すれば「太陽の日」ですが、この日曜日は2世紀中には主の日として守られていたものでした。コンスタンティヌス皇帝が日曜日を公認された公休日と指定したことから、太陽神の大祝祭日である12月25日をキリストの誕生日と決定するに至ったようです。こうしてローマで祝われだした12月25日のクリスマスは東方に於いても偉大な説教者クリソストムによって導入されたのです。そして今日、キリストの誕生を全世界のキリスト者は祝います。が、それはいつの間にか、所謂「誕生日」のお祝いとあまり違わないものになってはいないでしょうか。私達は今、クリスマスを祝おうとする時、数々の異教異端と戦った先輩の信仰を思い起こさねばなりません。第一はイエス・キリストは誕生の時から私達の救いのために受肉され、真の神にして真の人間であって、バプテスマの時に初めて神の養子にされた宗教的天才ではないという信仰。第二はイエス・キリストは太陽も星もその他、万物を全人類と共に救う主の主であるという信仰です。私達は12月25日クリスマスを祝う時、自分の悩みを凡て負うて下さった救主の降誕を感謝し礼拝しましょう。キリストが己の栄を捨てて人間となられた日ではありませんか。私達も自分の栄えを、感謝をもって捨てましょう!


日本キリスト教団  茅ケ崎堤伝道所
牧師 三原 信惠、 伝道師 細井 宏一


〒253-0006 神奈川県茅ケ崎市堤19-6
TEL/FAX 0467-54-1300
 更新 : 2024. 12. 5  by mn

Copyright 2010 Chigasaki Tutumi Dendosho  All Rights Reserved