主日礼拝 説教抄録  2022年度
    
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    聖霊降臨節第15主日礼拝  説教「神の国に生きよう」

                日本キリスト教団茅ケ崎堤伝道所
                        2022年9月11日

  ローマの信徒への手紙 第14章17節

「神の国に生きよう」 要約
① 「神の国」って?
 世界には色々な国があります。例えばここは日本という国です。私たち日本人は、日本の「政府」が決めたことに従って生活しています。同じように聖書には「神の国」があると言われています。「神の国の人」って誰でしょう? 「神の国」ってどこにあるのでしょう? 世界地図を見ても、ここが「神の国」とはどこにも書いてありません。「神の国」とは「天の国」とも言われますが、それは「理想の世界」ということではありません。食べたり、飲んだり、好きなことができる所ということではありません。「神の国」は、「神のご支配」を意味します。つまり神様のご意思が働くところです。「神の国」は、神様が決めたことに従って生きている人たちの生きている所にあります。実は教会がそうなのです。教会はイエス様によって集められた人たちの集まりです。それはイエス様が私たち一人ひとりのために十字架で死んで下さり、私たち一人ひとりのために復活して下さったからです。イエス様と結びつけられた人は誰でも神の国の人となります。
② 「義」と「平和」と「喜び」
 パウロは「神の国は飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びだ」と語りました。「神の国は飲み食いではない」のです。生活の仕方が問題なのではなく、神様に対する信仰が問われています。「義」とは神様との関係が正しく整えられることです。「あなたはわたしと共に生きてよい」と神様に認めて頂くことです。それは神様と「和解」させて頂いたということです。この神様との和解を与えられた人は、隣人との和解に生きます。この和解に生きる所で生まれるのが「平和」です。互いに和解して生きる歩みは簡単ではありません。しかし神様の「義と平和」のご支配を支えるものがあります。それが聖霊によって与えられる「喜び」です。聖霊は神の愛を私たちの心に注いで下さいます。この世における「神の国」である教会はイエス様の愛に生きる喜びによって和解の道を歩むのです。聖霊が与えられる時、私たちは神様に感謝することができるようになります。互いに裁き合うのでなく喜びを分かち合う交わりが与えられます。
③ 神の国に生きよう
 「神の国」に生きる人は、もはや自分の事を一番に考えません。神様に喜ばれるために生きるようになるのです。しかし私たちはイエス様に「互いに愛し合いなさい」と言われても、お友だちに意地悪したり、悪口を言ってしまうことがあります。そんな時イエス様は言います「お互いのことを悪く言わないでほしい。わたしは、あなたのためにもあなたがバカにしたり、悪く言ったりする人のためにも十字架について死んだのだから」と。神様は私たちに聖霊を送り、私たちが神様に喜ばれる生き方ができるように導いて下さいます。神様は、イエス様によって神様に逆らって生きていた私たちを赦し、私たちと仲直りして下さいました。神様と仲直りできた人は、他の人とも仲直りしましょう!その人と仲直りできたら、その人との間に「平和」が生まれます。その「平和」があの人との間にも、この人との間にも広がっていけばいいですね。神様が聖霊を送って下さる時、神様の愛が私たちの心に注がれます。すると私たちは神様に愛されている喜びに満たされます。この喜びこそ「神の国」に生きる人の力となります。聖霊による喜びは決して無くなりません。イエス様は今、両手を広げてあなたに「神の国においで」と招いておられます。

〒253-0006 神奈川県茅ケ崎市堤19-6
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日本キリスト教団  茅ケ崎堤伝道所
牧師 三原 信惠、伝道師 細井 宏一
 更新 : 2022. 9. 10 by km.mn

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