主日礼拝 説教抄録  2021年度
    
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    降誕節第9主日礼拝  説教「暗闇に追いつかれないで」

                日本キリスト教団茅ケ崎堤伝道所
                        2022年2月20日

  ヨハネによる福音書 第12章35節~36節前半

「暗闇に追いつかれないで」 要約
① 今しばらく、あなたがたの間にいる(35節)
 今朝は私たちの光、イエス様に従って歩むことについて学びましょう。イエス様は十字架の出来事を前にして、35-36節の言葉を語っています。まもなく起こるのは、弟子の裏切りと捕縛、結論ありきの裁判、そして十字架刑です。イエス様はエルサレムに入城し(12-)、「人の子が栄光を受ける時が来た」(23b)と初めて宣言し、「ご自分がどのような死を遂げるかを示そう」(33)と語ります。そう考えると「今しばらく」(35)という一言にも緊迫感があります。「あなたがたの間にいる」。逆に言えば、光はあなたがたの間に、あとしばらくしかいないという警告です。「暗闇に追いつかれないように」(同)とは、「暗闇があなたをとらえないように」と直訳できます。私たちの背後から得体の知れない闇の力が襲いかかろうとしている、いったん闇の中に入れば、「一寸先は闇」という状態。混沌と絶望の象徴です。が、その恐ろしさの中にもわたしたちのために希望の光が示されます。私たちが暗闇を歩まないようにと地上に来て下さったイエス様の存在です。
光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい(36節)
 36節は「光」という言葉を三回繰り返して読者を励まします。しかもただ光に頼れ、とは言いません。まことの「光」であるイエス様を信じることで、私たちが「光の子」となれる、と教えます。「○○の子」とは血縁関係を指すほかに、他者の性質を受け継いだ者、という関係を意味することがあります(マタイ5:9など)。人格的な養子関係と考えてもよいかもしれません。私たち人間はたびたび神様を忘れ、過ちを犯し、互いの足を引っ張ります。ところが神様の方では、そんな弱い人間がいつまでも暗闇のような状況の中を歩むことがないように、「光の子」として下さいます。神様が、私たちを「光の子」にして下さるのです。私たちは自分では輝けません。自分でその闇を照らし出すことはできません。イエス様はそんな私たちを「光の子」として受け入れて下さいます。神様からの救いの光、愛と恵みは決して絶えることがありません。だから、光であるイエス様を信じて仰ぎ、私たちの存在全体を照らして頂けるよう神様に祈り求めましょう!
③ 暗闇に追いつかれないで
 私たち地球に一番身近な星は、月や太陽のほかに火星、水星、木星、土星などがありますが、その中で、自分で光を出している恒星は太陽だけで、あとの星は太陽から光を受けて反射して光っている惑星です。ですから太陽の光が当たらないと、地球の夜と同じように真っ暗になってその星は全く見えません。聖書には「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」(ヨハネ8:12)。「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである」(マタイ5:16)。「あなたがたは命の言葉を堅く持って、彼らの間で星のように、この世に輝いている」(ピリピ2:15、口語訳)というイエス様の言葉があります。私たちはイエス様の光を受けて、はじめて光り輝くことができるのです。けれども私たちの心が憎しみや欲で曇っていたり、違った方向に向いていると、イエス様からの光をきれいに反射して輝くことができません。私たちが暗闇に追いつかれないで「光の子」としてこの世に輝くためには、いつも心をきれいにして、イエス様の方向に正しく向けて、その光をいっぱいに受けることが何より大切です。イエス様に従って歩みましょう!

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日本キリスト教団 茅ケ崎堤伝道所
牧師 三原 信惠
 更新:2022.2.19 by nk

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